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最近、実家のことを考えると胸がぎゅっと締め付けられる。
別に今すぐ何か問題があるわけじゃない。でも、ふとした瞬間に思い出すんだよね。子どものころのあれこれを。
うちの家庭、いわゆる「複雑な家庭」ってやつで。親は私が中学生のころに離婚して、父親は再婚して、母親は祖母の家に転がり込んで。私はその間でなんとなく生きてきた感じ。
生活は特に貧しかったわけじゃないけど、お金の話や親の愚痴、祖母への遠慮、父親の新しい家族への気遣いで、子ども心にずっとどこかピリピリしてた。
28歳になった今でも、その感覚が抜けないんだよね。友達が「実家帰ったよ〜」って言うたびに、なんとなく話題を変えたくなる。「お正月は何してたの?」って聞かれるのが憂鬱。みんなが当たり前に持ってる「家族でご飯」みたいな場面が、私には縁遠くて。
別に今さら誰かを責めたいわけじゃないんだ。親もそれぞれ一生懸命やってたと思う。でも、「なんか私って生きづらいな」って思う瞬間が、じわじわと積み重なってる。複雑な家庭で育った生きづらさって、誰かに言っても「そっか大変だったね」で終わることが多くて、なかなか本当のところを話せない。
職場でも「家族の話をするほど仲良くない」距離感の人たちと毎日過ごして、帰ったら一人のワンルーム。テレビで家族団らんのCMが流れると、なんかちょっとだけ、苦しくなる。
そんなモヤモヤを抱えたまま、ある日いつもの喫茶店に入ったら、常連のテキトー紳士がいた。テキトー紳士は60代くらいのおじさまで、いつも窓際の席でコーヒーを飲んでいる。仕事は何をしているのかよく分からないし、なんかいつも「適当でいいんだよ」って言う人。でも話してみると意外と深いことを言ったりして。
「なんか暗い顔してるじゃないの、お嬢さん」
席に座ったとたん声をかけられて、気づいたら家庭の話を全部しゃべってた。複雑な家庭育ちの生きづらさって、案外こういう「別に深く関係ない人」に話すのが一番楽だったりする。
テキトー紳士に複雑な家庭の生きづらさを相談してみた
モヤ子:「聞いてくれます?なんか最近、複雑な家庭育ちの生きづらさみたいなやつが、じわじわ来てるんですよね」
テキトー紳士:「ほう。複雑な家庭ね。まあ、複雑じゃない家庭なんてほとんどないけどね。表に見せてないだけで、どこの家もだいたい何かあるもんだよ。まあ、どうぞ聞かせてよ」
モヤ子:「親が中学のとき離婚して、父は再婚して、母は祖母のところに。ちゃんと育ててもらったし、お金に困ったわけでもないんですけど……なんか、ずっと、みんなが当たり前に持ってる『普通の家族』ってものへの羨ましさが消えないんです。複雑な家庭で育ったせいか、なんか心のどこかに隙間風みたいなのが吹いてる感じがして」
テキトー紳士:「ふむ。で、その『普通の家族』ってのは、何なの?具体的に言うと」
モヤ子:「えっ……お正月に実家に帰るとか、家族でご飯食べるとか、親に彼氏を紹介するとか。そういう、なんか普通のやつです」
テキトー紳士:「なるほどね。でもお嬢さん、そのさ、『普通の家族』に帰ってる友達ってさ、全員ハッピーだと思う?実家に帰ると毎回お母さんに嫌みを言われて泣いて帰ってくる子もいるし、親が干渉しすぎて窒息しそうって子も多いよ。あのね、芝生は向こうの方が青く見えるってやつ。あなたの友達も、あなたの一人暮らしを羨ましがってたりするかもしれないよ?」
モヤ子:「……それはちょっと考えたことなかったかも。確かに『一人暮らし楽そう』って言われることはあるな」
テキトー紳士:「まあ、家族ってのは、みんな多かれ少なかれ面倒くさいんだよ。形がどうであれ、問題のない家族なんてないの。あなたの家庭が特別不幸だったわけでもないし、特別普通だったわけでもない。ただ、『そういう家庭だった』ってだけ。複雑な家庭だって、それはそれでひとつの形だよ」
モヤ子:「なんかそう言われると、ちょっと気が楽になる気もするけど……でも実際、生きづらさは感じるんですよね。みんながさらっと話せる家族の話題を、私は避けたくなるし」
テキトー紳士:「それはさ、別に避けてもよくない?無理に話さなきゃいけないルールなんてないでしょ。『実家どこ?』って聞かれたら、『東京の方です』って答えるだけでいいじゃん。深掘りしてくる人には、にっこり笑って『複雑でして〜』って言えばいい。笑いに変えちゃうの、一番楽よ」
モヤ子:「笑いに変えるって、でもそれ、なんか傷を隠してるみたいで……複雑な家庭で育ったことを笑いにするって、なんか自分を傷つけてる感じがして抵抗があるんですよね」
テキトー紳士:「あのね、傷を隠してるんじゃなくて、傷に付き合いすぎないってことだよ。傷はあってもいい。でも、傷に毎日名前をつけて、撫でて、『私は傷ついてる』って確認し続けることが、一番しんどいの。笑いってのはね、傷を消すんじゃなくて、傷と一緒にいられる方法のひとつなんだよ」
モヤ子:「傷と一緒にいられる方法……なんかすごい言葉ですね、それ」
テキトー紳士:「そう。ユーモアってのはね、状況を『笑える距離』まで引き離す技術なの。近すぎると痛い。でも少し遠くから眺めると、なんかちょっとおかしかったりする。あなたの複雑な家庭の話だって、10年後に友達に話したら、笑えるエピソードになる可能性が十分あるよ」
モヤ子:「……確かに、今となっては笑って話せる部分もないわけじゃないかも。親の再婚相手が微妙にぎこちなかった話とか、祖母と母が台所で無言でバトルしてた話とか」
テキトー紳士:「ほら、もうそれ、笑えるでしょ。その瞬間はしんどかったかもしれないけど、今ちょっと笑ってるじゃない」
モヤ子:「(苦笑い)……確かに。でも、生きづらさの根っこみたいなの、笑いだけで解決するんですかね?なんか自己肯定感とかにも影響してそうで。複雑な家庭で育つと、なんか自分が人より少しだけ劣ってるような気持ちになることがあって」
テキトー紳士:「解決はしないよ。ユーモアは解決しないの。ただ、一緒にいられるようにするだけ。それだけで十分じゃない?全部解決しなくていいじゃん。あなた、なんでも完全に治そうとしすぎてない?」
モヤ子:「あー……確かに。なんか『完璧に立ち直らなきゃ』って思ってる気がします。複雑な家庭で育ったんだから、もっとしっかりしなきゃ、みたいな謎の義務感もあって」
テキトー紳士:「それがまた疲れるんだよ。複雑な家庭育ちの生きづらさって、完全には消えないかもしれない。でも、それがあなたの全部じゃないでしょ。あなたはそれだけじゃないんだから」
モヤ子:「……そうですよね。私、他のこともちゃんとあるもんなあ。仕事とか、友達とか、好きな映画とか」
テキトー紳士:「そう。で、ユーモアの話に戻るとさ、別に面白い人になる必要はないの。自分の中でちょっと笑えるようにするだけでいい。たとえばね、複雑な家庭エピソードを心の中で『昭和のドラマか!』ってツッコむの。それだけで、ちょっと距離できるから」
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モヤ子:「昭和のドラマ!(笑)確かに、再婚相手とのぎこちない会話とか、ドラマみたいではあった」
テキトー紳士:「でしょ。あなたの人生、なかなかコンテンツとして豊かよ。そう考えるとちょっとお得じゃない?」
モヤ子:「……なんかそれ、すごい雑な慰め方ですね(笑)」
テキトー紳士:「雑でいいの。人生なんてだいたい雑でいい。丁寧に生きようとしすぎると疲れるから」
モヤ子:「でも、親への怒りとか、悲しみとか、そういう感情はどうしたらいいんですかね。笑いに変えようとしても、どうしても苦しい時ってあって。複雑な家庭で育ったことへの悲しみって、急にやってくるんですよね」
テキトー紳士:「それはね、ちゃんと感じていいよ。ちゃんと泣きたいときは泣いていい。ただ、泣いた後に、ちょっとだけ笑えるものを見つけるといい。映画でも、猫の動画でも、なんでも。泣いてから笑うの繰り返しで、人間って意外と立ち直るんだよ」
モヤ子:「泣いてから笑う……なんかそれ、人間っぽくていいですね」
テキトー紳士:「完璧にポジティブになる必要なんてないし、『強くなった自分』に変身しなくていい。ただ、ちょっとだけ笑えるようになれば、それで十分だよ」
モヤ子:「でも、例えば親の話を誰かにするとき、なんか自分が可哀想な子みたいに見られそうで、それが嫌で黙っちゃうんですよね。『可哀想に』って目で見られると、逆に傷つくというか」
テキトー紳士:「あー、それあるね。じゃあね、ひとつコツを教えてあげる。話すとき、ちょっとだけ笑いのスパイスを入れてみて。『うちの家庭、複雑でしてね。ドラマの設定みたいな感じで』って。そうすると相手が『わあ、可哀想に』じゃなくて、『へえ、面白いね』ってなりやすい」
モヤ子:「ドラマの設定みたい、か。なんかそれ言えそう(笑)」
テキトー紳士:「そうそう。自分でちょっと面白がれると、相手も面白がれる。相手がどう反応するかって、こっちの空気次第だったりするんだよね」
モヤ子:「なんか自分のことを客観視するみたいな感じですよね。ちょっと難しいけど、練習すれば上手くなるのかな」
テキトー紳士:「最初は難しいよ。でも練習すると上手くなる。毎日じゃなくていい。週に一回くらい、自分の家庭エピソードの中から、ちょっと笑える部分を探してみるだけでいい。そのうち、自然にできるようになるから」
モヤ子:「週に一回……それくらいなら続けられそうかも」
テキトー紳士:「そう。あとね、大事なのが、自分をドラマの主人公だと思うこと。複雑な家庭育ちって、よく考えたら人間の幅が広くなるんだよ。いろんな状況を経験してるから、共感力が高かったりする。それって、結構すごいことよ?」
モヤ子:「共感力……確かに友達から『話しやすい』って言われることは多いかも。複雑な家庭で育ったことと関係あるのかな」
テキトー紳士:「大いにあるよ。複雑な家庭が育てたものって、マイナスだけじゃないの。いろんな大人を子どものころから見てきたから、人の気持ちを察するのが早かったりする。生きづらさの源が、実は強みでもあるってこと」
モヤ子:「……なんか、ちょっと泣きそうになってきた。複雑な家庭育ちって、しんどいことだけじゃないのかもしれないんですね」
テキトー紳士:「そういうこと。まあ、コーヒーでも飲みな。熱いうちが一番うまいから」
複雑な家庭育ちの生きづらさと向き合う、4つのアプローチ
家庭の話を「フル回避」じゃなく「ライト開示」に切り替えてみる
複雑な家庭育ちで一番消耗するのが、「実家の話どうしよう」という場面だったりする。全部話すのは重すぎるし、全部黙るのは嘘くさくなる。その中間地点として私がたどり着いたのが、「ライト開示」という方法。
「うち、ちょっと複雑でしてね」と一言添えて、笑いながら話を流す。それだけ。詳細は言わなくていいし、相手も「そっか〜」くらいで流してくれることが多い。むしろ、自分がサラッと言えてると、相手も深掘りしにくくなる。
大事なのは「暗く言わない」こと。暗い顔で「実は複雑な家庭で……」と言うと、相手が気を遣って変な空気になりがち。でも、「え〜うちドラマみたいな感じで(笑)」って軽く言うと、会話がするっと流れる。テキトー紳士も言ってたけど、自分がどんな空気で話すかで、相手の反応がだいぶ変わる。
これ、最初はちょっと練習が必要だった。鏡の前で「うちちょっと複雑でして」って笑いながら言ってみたりした。なんか自分で試してみると、そんなに怖い言葉でもないんだな、って気づく。むしろ「複雑でして〜」って言えると、ちょっとだけ軽くなる感覚がある。
自分の家庭を「ネタ」にすることへの抵抗感が最初はあった。でも、テキトー紳士に「笑えるってことは、少し距離ができたってこと」と言われてから、少し気持ちが楽になった。傷ついた過去を消すんじゃなくて、ちょっと遠くから眺める練習をする感覚。それだけで、生きづらさのずっしり感が減る。
あと、「複雑な家庭育ち」って言うと、話の振り幅が広がったりする。「え、どんな感じ?」って興味を持ってくれる人もいるし、「うちも実は」って同じような経験を話してくれる人もいる。複雑な家庭育ちって意外と仲間が多いんだよね。そういう瞬間に、「一人じゃなかったんだな」ってほっとする感覚がある。
ライト開示のコツは、「説明しすぎないこと」と「笑いを乗せること」の二つだけ。「うち複雑でして」の一言で十分。気が向いたら続きを話せばいいし、話したくなければそこで終わりでいい。自分のペースで開示量を調整できるのが、ライト開示のいいところ。
週1回「ユーモア探し」を習慣にしてみる
複雑な家庭育ちの生きづらさって、じわじわ来るんだよね。突然ドカンと来るんじゃなくて、ふとした瞬間に「あ、またこの感覚……」ってなる。それをうまく流すために私がやってみてよかったのが、「週1回ユーモア探し」という習慣。
週に一度、過去の家族エピソードの中から、笑えるものを一個だけ探してみる。それだけ。「あのとき祖母と母がめちゃくちゃ無言でバトルしてたの、今思うと昼ドラすぎる(笑)」みたいな感じで、心の中でそっとツッコんでみる。
SNSに書いてもいいし、友達に話してみてもいい。「うちの家族エピソード、地味に面白いんだけどさ」って言いながら話すと、友達が笑ってくれることがある。笑ってもらえると、「あ、この話って笑えるエピソードになったんだな」って、過去がちょっと変換される感じがするんだよね。
毎日やろうとすると、笑えない日に「笑えない自分」がまたしんどくなるから、週1回でいい。「今週は笑えるエピソード見つけられなかったな」って週があってもいい。そういう週は、テキトー紳士の言葉を思い出して「雑でいいんだよ」って自分に言ってあげる。
やってみると気づくのが、「笑えるエピソード、意外といっぱいある」ということ。その場はしんどかったけど、今考えると「なんでそうなった」って笑えるものが、複雑な家庭育ちにはけっこうある。それを少しずつストックしていくと、自分の家庭の話が「重い荷物」から「個性的なエピソード集」に変わってくる感覚がある。
誰かに共感してもらえると、さらに楽になる。「え、うちもそういうのあった」「わかるわかる」って言ってもらえる瞬間、すごく救われる。複雑な家庭育ちって意外と仲間が多いんだよね。同じような経験をしてきた人と話すと、「そうそう!」って全力で頷けることが多くて、久しぶりに本音で話せた気がして、胸のつっかえが取れる感覚がある。
「今の自分の家族」を自分で作っていく
複雑な家庭育ちの人が最終的にたどり着く答えのひとつが、「生まれた家族じゃなく、自分で選んだつながりを大切にする」ということだと思う。
別に結婚しなくていい。友達でも、職場の人でも、ご近所さんでも、「この人といると安心する」と思える人たちが、自分のあたたかい場所になっていく。生まれた家族の形にこだわらなくていい。大事なのは、自分が安心できる場所があるかどうか、だと思う。
私の場合は、気兼ねなく話せる友達が2〜3人いる。その子たちとご飯を食べるとき、なんかすごくほっとする。実家でご飯を食べたことがないわけじゃないけど、あのぴりぴりした空気の中じゃなく、安心してご飯が食べられる場所って、こういう場所なのかなって。
それが「家族っぽいもの」の代わりになってるって気づいてから、生きづらさが少し和らいだ気がする。完璧じゃなくていい。ちょっとでも「安心できる場所」があれば、それで十分。その積み重ねが、複雑な家庭育ちの生きづらさをじわじわと和らげてくれる。
テキトー紳士みたいな存在だって、ある意味そうかもしれない。親でも友達でもないけど、話を聞いてくれて、笑わせてくれる。そういう人間関係の積み重ねが、生きる支えになっていく。血のつながりじゃなく、「一緒にいると楽になれる」かどうかが大事なんだと思う。
自分で選んだつながりを大切にすること。それが、複雑な家庭育ちの自分にできる、一番前向きな行動かもしれない。そしてそのつながりの中で「笑える場所」を少しずつ増やしていくこと。それが、生きやすさにつながる気がしてる。
「完全に立ち直らなくていい」と決める
これが一番難しいようで、一番大事なことだと思う。
複雑な家庭育ちの人って、「自分は立ち直らなきゃいけない」「こんなことで引きずってちゃいけない」って思いすぎることが多い。私もそうだった。「もうこの年なんだから、親のこととか引きずってないで前向きにならなきゃ」って、自分に言い聞かせてた。でもその「立ち直らなきゃ」という焦りが、余計しんどくなる原因だったりする。
完全に立ち直り続けなくていいんだよ。ちょっと立ち直って、またしんどくなって、また少し元気になって……っていうのを繰り返しながら生きていっていい。それが人間の普通だと思う。生きづらさはきれいに解決するものじゃなくて、波があるもの。それを理解するだけで、「また引きずってる私、ダメだな」という自己批判が少し和らぐ。
テキトー紳士に「完全には消えないかもしれないけど、それがあなたの全部じゃないでしょ」って言われた言葉が、すごく刺さった。そうなんだよ、複雑な家庭育ちって私の一部だけど、全部じゃない。仕事のこと、友達のこと、食べ物の好み、好きな映画、好きな音楽、全部ひっくるめて私なんだ。
生きづらさは、完全には消えないかもしれない。でも、「消えないもんだ」と受け入れてしまうと、意外と楽になる。抵抗するより、共存する方が楽。「複雑な家庭育ちで、生きづらさがある。それも私」と認めてしまうと、戦わなくていい分、エネルギーが余る。
そして、しんどいときはしんどいって言っていい。信頼できる人に「最近ちょっとしんどくて」と言えるだけで、だいぶ楽になる。全部一人で解決しなくていい。「こんなことで相談するの恥ずかしい」って思うかもしれないけど、複雑な家庭育ちの生きづらさって、ちゃんと大変なことだから。自分を労わってあげていい。
モヤ子の気づき(番外編)
喫茶店を出たあと、なんか足が軽くなった気がした。
別に、家庭の問題が解決したわけじゃない。親が仲良くなったわけでも、過去が書き変わったわけでもない。ただ、自分の中でちょっとだけ、視点が変わった感じ。
「複雑な家庭育ちの生きづらさ」って、ずっと重い荷物として持ち続けなきゃいけないもんだと思ってた。でも、その荷物の持ち方を変えるだけで、もう少し楽に歩ける気がしてきた。
笑いに変えるって、逃げじゃないんだな、って思った。テキトー紳士が言ってたとおり、ちゃんと感じて、泣いて、その後で笑えるものを見つける。それの繰り返しで人間って生きていけるんだ。それって、結構強いことじゃないかって思えてきた。
私の家庭エピソードは確かにてんこ盛りだけど、それがあったから今の私がある。人の気持ちに寄り添えるのも、ちょっとやそっとじゃへこたれないのも、それなりに逆境に慣れてるからかもしれない。複雑な家庭で育ったことが、今の自分の一部を形作っているとしたら、それを丸ごと否定しなくていい。
「あなたの人生、なかなかコンテンツとして豊か」って言われたとき、最初は笑ったけど、後から「確かに」ってじわじわきた(笑)。豊かなコンテンツを持った主人公として生きていこうかな、くらいの気持ちになれた。
完全に立ち直らなくていい。ただ、少しずつ笑いに変えていく練習をしていく。それが今の私にできることだと思う。複雑な家庭で育った生きづらさは、私の一部だけど、全部じゃない。そう思えるようになっただけで、今日はもう十分かな。
他にも、モヤモヤと向き合う記事をいろいろ書いてます。よかったらのぞいていってください。
まとめ
複雑な家庭育ちの生きづらさって、「どうすれば完全に解決するか」を探し続けるとしんどくなる。でも、解決しなくていいと決めてから、少し楽になった。
テキトー紳士が教えてくれたのは、ユーモアは「傷を消すもの」じゃなくて「傷と一緒にいられる方法」だということ。近すぎると痛い複雑な家庭の過去を、ちょっと遠くから眺めると、笑える部分が見えてくることがある。
複雑な家庭で育ったことで、確かにしんどい部分もある。でも、それが今の自分をつくっている要素のひとつでもある。完璧に立ち直った自分じゃなく、ちょっとだけ笑えるようになった自分を目指す。
それくらいがちょうどいいのかもしれない、と喫茶店の帰り道に思った。あなたも、誰かに話してみたくなったら、ちょっとだけ「うちドラマみたいで(笑)」って言ってみてね。きっとそれが、最初の一歩になると思うから。
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