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自分を褒めるのが、つらい。始めたはずの習慣なのに、なぜか苦しい。そんなあなたも、もっと気楽に自分を認められるようになります。この記事では、褒めようとすると苦しくなる仕組みをほどいていきます。そのうえで、力まずに続けるやり方を見ていきましょう。だから読み終えるころには、その迷いもふっと軽くなっているはずです。
ノートを買って、寝る前に三つ書く。よく紹介されているやり方です。しかし、いざペンを持つと手が止まる。「これって、褒めるほどのこと?」と自分でブレーキを踏んでしまう。だから三日でノートは閉じたまま。そんな声を、読者さんからよくもらいます。
これは、意志が弱いから起きるのではありません。むしろ、まじめに自分と向き合ってきた人ほど起こります。褒める基準を、外の物差しで測るクセがついているのです。今日はそのつらさを、喫茶店の常連であるテキトー紳士と一緒にほどいていきましょう。
相談タイム|自分を褒めるのがつらいモヤ子のSOS
雨あがりの夕方、モヤ子は駅前の古い喫茶店に逃げ込みました。奥のいつもの席には、テキトー紳士。そして新聞を広げたまま、コーヒーの湯気をぼんやり眺めています。
モヤ子「テキトー紳士さん…ちょっと、聞いてもらっていいですか」
テキトー紳士「おや。ずいぶん重たそうな顔してるねえ。まあ座りなさい」
モヤ子「わたし、自分を褒める習慣っていうのを始めたんです。でも、つらくて三日でやめました」
テキトー紳士「ほほ。褒めてつらくなるとは、なかなか珍しい才能だ」
モヤ子「笑いごとじゃないんですよ! 『今日はちゃんとご飯食べた』って書こうとして、手が止まって」
テキトー紳士「なんで止まったんだい?」
モヤ子「『いや、それ普通じゃない?』って思っちゃって。褒めるほどのことか?って」
テキトー紳士「ふむ。じゃあ聞くけどね、モヤ子ちゃん。その『褒めるほどのことか』って、誰が決めるんだい?」
モヤ子「え…誰、って。えっと…」
テキトー紳士「答えられないだろう。つまりね、キミは誰かに許可をもらおうとしてるのさ」
モヤ子「許可…。あ、たしかに。『これは褒めていいですよ』って言ってほしい感じは、あります」
テキトー紳士「そうだろうねえ。しょうがないんだよ、そういうふうに育ってきてるんだから」
モヤ子「育ってきてる、って?」
テキトー紳士「学校を思い出してごらん。百点なら褒められて、五十点なら褒められない。評価っていうのは、いつも外からやってきただろう」
モヤ子「…そうですね。通知表も、親の顔色も、ぜんぶ外でした」
テキトー紳士「そこで二十年もやってりゃ、自分で自分を褒める筋肉なんて育たないさ。使ったことがないんだから」
モヤ子「筋肉(笑)。でも、言われてみると納得です。使い方がわからない感じ、まさにそれで」
テキトー紳士「でもね、自分を褒めるってのは、他人の評価とはまったく別の話なんだよ。誰にも見せなくていい。承認印もいらない」
モヤ子「頭ではわかるんです。ただ、いざ書こうとすると『よくやった』って思えなくて」
テキトー紳士「たとえば?」
モヤ子「この前、会議でやっと発言できたんですよ。でも、内容が薄かったなって」
テキトー紳士「はい、出た」
モヤ子「え、なにがですか」
テキトー紳士「『でも』だよ。それが出てくる限り、褒めは完結しないのさ」
モヤ子「あー…。言われてみたら、毎回つけてます」
テキトー紳士「ご飯を食べて『でも品数が少なかったし』とは言わないだろう?」
モヤ子「言わないですね(笑)。それ、褒めのときだけやってました」
テキトー紳士「『発言できた』。そこで丸をつけて終わり。『でも』はあとから足してる余計な一言なんだよ」
モヤ子「余計な一言…。うわ、自分でぶち壊しにいってたんだ」
テキトー紳士「そうそう。それともう一つ、キミは見てる場所がずれてるねえ」
モヤ子「見てる場所、ですか?」
テキトー紳士「『なにをしたか』ばっかり見てる。『どう感じたか』を見てないのさ」
モヤ子「どう感じたか…。それ、褒めと関係あります?」
テキトー紳士「大ありさ。会議で発言したとき、心臓はどうだった?」
モヤ子「バクバクでした。手も汗かいてて」
テキトー紳士「ほらね。じゃあ褒めどころは『内容』じゃない。『そんな状態で、それでも口を開いたこと』だよ」
モヤ子「…あ。そう言われると、急に『よくやったじゃん』って思えます」
テキトー紳士「でしょう。結果は他人と比べられるけど、震えながら踏み出した一歩は、キミにしか採点できないからねえ」
モヤ子「なんか、褒めどころが急に増えた気がします」
テキトー紳士「そういうもんさ。ついでに聞くけどね、友達が同じ話をしてきたら、キミはなんて言う?」
モヤ子「え、それは『よく言えたね』って言いますよ。当たり前じゃないですか」
テキトー紳士「ほほ。他人には即答なのに、自分にはずいぶん厳しい審査があるんだねえ」
モヤ子「うっ…。言われてみると、自分にだけ書類を追加提出させてる感じです」
テキトー紳士「その審査、誰も頼んでないよ。友達に言う言葉を、そのまま自分に横流しすればいいのさ」
モヤ子「横流し(笑)。それなら、できそうな気がします」
テキトー紳士「そうそう。ところで、三日でやめたって言ったね。なんでやめたと思う?」
モヤ子「うーん…義務感、かなあ。『書かなきゃ』ってなった瞬間、しんどくなって」
テキトー紳士「正解。義務にしたら、そりゃ楽しくないよ。歯磨きと同じ枠に入れちゃったんだねえ」
モヤ子「歯磨き…。たしかに、やらないと気持ち悪い系のタスクにしてました」
テキトー紳士「自分を褒めるのはね、歯磨きより『うまいものを食べる』に近いんだよ。気が向いたときにやればいい」
モヤ子「うまいもの(笑)。じゃあ、毎日じゃなくていいんですか」
テキトー紳士「もちろん。ノートすらいらないよ。風呂で『今日もよくやったな』とつぶやくだけで十分さ」
モヤ子「わたし、形式にこだわりすぎてたかも。毎晩三つ書く、みたいなルールを最初に作っちゃって」
テキトー紳士「ルールを決めた瞬間に、破る自分が生まれるんだよ。そして破った自分を責めはじめる」
モヤ子「うっ。書けなかった日に自己嫌悪、めちゃくちゃ心当たりあります」
テキトー紳士「自己肯定感を上げるために始めて、自己嫌悪を増やしてどうするのさ」
モヤ子「ほんとですね…。完全に本末転倒でした」
テキトー紳士「できなかった日は『まあ、そういう日もある』でいいんだよ。そのテキトーさが、結局いちばん長持ちする」
モヤ子「テキトーさが長持ち…。あの、もうひとつ気になってることがあって」
テキトー紳士「どうぞ」
モヤ子「自分を褒めてばかりだと、成長しなくなりませんか? 甘やかしになりそうで、こわいんです」
テキトー紳士「いい質問だ。でもね、それは別物さ。甘やかすってのは、問題を見なかったことにすること」
モヤ子「褒めるのは、違うんですか」
テキトー紳士「褒めるのは、やったことをちゃんと認めること。問題があるかどうかとは、まったく別の話だよ」
モヤ子「…あ。わたし、その二つをいっぺんにやろうとしてました」
テキトー紳士「だろうね。褒めながら反省すると、褒めのほうが必ず負けるのさ」
モヤ子「必ず負ける(笑)。でも本当にそうです。反省のほうが声が大きくて」
テキトー紳士「だったら分ければいい。褒める時間、反省する時間、ぼーっとする時間。ちゃんと分けてやるのが優しさだよ」
モヤ子「分ける…。それだけで、だいぶ変わりそうです」
テキトー紳士「変わるさ。ところでモヤ子ちゃん、そもそもなんで自分を褒めたかったんだい?」
モヤ子「えっと…自己肯定感を上げたい、というか。もうちょっとラクに生きたくて」
テキトー紳士「そこだよ。目的はラクに生きることであって、がんばることじゃない」
モヤ子「…! わたし、褒めることまでがんばってました」
テキトー紳士「みんなそうさ。まじめな人ほど、休むのも褒めるのも全力になっちゃうんだよ」
モヤ子「あの、最後にひとつだけ。褒める言葉自体が、なんか照れくさいんですよ」
テキトー紳士「ああ、『よくやった』が気持ち悪いってやつだね。よく聞くよ」
モヤ子「そうです! 口に出すと、急に他人事みたいな響きになって」
テキトー紳士「なら、言い方を変えればいいのさ。『まあ、悪くなかったな』でも立派な褒めだよ」
モヤ子「え、そんな雑でいいんですか」
テキトー紳士「十分さ。大事なのは温度であって、語彙じゃないんだから」
モヤ子「温度…。じゃあ『今日、けっこうがんばったわ』とかでもいいのかな」
テキトー紳士「ほほ、いいねえ。自分がしっくりくる言い方が、いちばん長く使える言葉だよ」
モヤ子「テキトー紳士さんの話、なんでこんなに肩の力が抜けるんですかね」
テキトー紳士「私が言うことは、たいてい半分くらいテキトーだからねえ。残り半分は、まあ、本気さ」
モヤ子「ずるい配分(笑)。じゃあ、その本気のほう、もう少し教えてください」
テキトー紳士「いいとも。難しいことは一つもないよ。どれも、力を抜くための工夫ばかりさ」
解決策|自分を褒めるのがつらい人にも続く、テキトーな褒め方
ここからは、テキトー紳士がモヤ子に渡した工夫を紹介します。どれも気合いはいりません。力を抜くほど、かえってうまく働くものばかりです。全部そろえる必要もありません。気が向いた日に、ひとつだけ拾って使う。その程度の距離感のほうが、結局は長持ちします。
「でも」を手放すと、自分を褒める言葉が最後まで届く
自分を褒めるのがつらい人には、はっきりした共通点があります。褒めた直後に「でも」を足してしまうのです。「発言できた、でも中身が薄かった」。せっかくの言葉が、その一語で消えます。
だから、まずは「でも」の手前で文を切ってみてください。「発言できた」。それで終わり。物足りなく感じても、あえて足さない。つまり、褒めを最後まで届けきる練習です。
もちろん最初は落ち着かないと思います。それでも、数日でだんだん慣れます。むしろ「でも」がないほうが、言葉は素直に胸へ入ってきます。慣れてきたら、口ぐせのように出る「でも」に気づく回数も増えていきます。たとえば、電車を待つホームで口に出してみてください。「今日は早く出られた」。すると、言い足したい気持ちは息を吸うあいだに薄れます。
どうしても言い足したくなる日もあるでしょう。そんなときは、紙の端にでも書き出して脇へよけてください。消さなくていいのです。ただ、褒めているあいだだけ席を外してもらう。それだけで、言葉は最後まで残ります。
ちなみに、人から褒められたときに打ち消してしまう人にも、同じクセが働いています。気になる人は褒められると素直に喜べない…自己否定グセを手放してありがとうと言えるようになる方法もどうぞ。打ち消しグセの正体が見えてきます。
結果より気持ちを見ると、褒めどころは急に増える
「大したことじゃない」という判定は、たいてい結果だけを見て下されています。ところが結果は、他人や理想の自分と比べやすい。だから、いくら並べても足りない気がしてくるのです。
だからこそ、見る場所を気持ちのほうへずらします。緊張した、こわかった、面倒だった。それでも動いた。その落差こそが、あなたのがんばりの証拠です。
やり方は簡単で、行動を思い出したあとに「そのとき、どんな気分だった?」と一問足すだけ。すると、平凡に見えた一日から褒めどころが次々出てきます。地味な行動ほど、内側では大仕事だったりするのです。
そこで、今日の予定表を思い出してみてください。返信しづらいメールを送った。行きたくない集まりに顔を出した。歯医者の予約を、電話で取った。番号を押す前に指が一瞬止まったことまで思い出せたなら、そこが褒めどころです。どれも記録には残らない出来事です。しかし、動く前には必ず小さな気合いが必要だったはず。それでも押し切った数秒は、立派な仕事です。
もし比べるクセが強いなら、つい人と比べて落ち込む…比較グセを手放す思考の整え方が助けになります。比べる苦しさの仕組みを知ると、自分を褒めるハードルも下がります。
反省と切り分けると、自分を褒めるのがつらくなくなる
褒めと反省を同時にやると、褒めのほうが必ず押し負けます。反省は声が大きく、褒めは声が小さいからです。だから両方を混ぜた瞬間、手元には反省だけが残ります。
解決はシンプルで、時間ごと分けてしまうこと。たとえば湯船では褒めるだけ、机に向かったら考えるだけ、と決めます。すると褒めている最中に「でも」が割り込めなくなります。
ちなみに、場所で分けるのも手です。ソファは褒める場所、テーブルは考える場所。洗い物のあいだは褒めるだけにして、水の音がやんだら打ち切る、という分け方もあります。つまり蛇口が、切り替えのスイッチです。体の位置が変わると、頭の切り替えもついてきます。だから、意志の力にあまり頼らずに済むのです。
反省が悪いわけではありません。むしろ必要な場面はあります。しかし、同じ五分に押し込むと、どちらも中途半端に終わります。つまり切り分けは、両方をちゃんと機能させるための工夫なのです。
この分け方には、おまけもあります。うまくいかない出来事と、自分の価値を、切り離して見られるようになるのです。「わたしがダメ」ではなく「今回はうまくいかなかった」。そう置き換えられる日が、少しずつ増えていきます。
決めごとを減らすほど、自分を褒める習慣は長く続く
毎晩三つ書く。日付を空けない。月末に見返す。こうしたルールは、続けるためのものに見えます。ところが実際には、破ったときの罪悪感を量産する装置になりがちです。
だから、決めごとはできるだけ減らしましょう。回数も、場所も、時間も決めない。散歩中に「さっき、ちゃんと挨拶できたな」と思ったら、そこで一回ぶんです。ちなみに、褒め言葉の形も決めないでおきましょう。「よくやった」が照れくさければ、「まあ、悪くなかったな」で構いません。効くのは語彙ではなく、そこに乗る温度のほうです。
三日空いても構いません。むしろ、空いたことに気づけた日に一言つぶやけば十分です。ゆるくても続いていること自体が、自分を大切にしている証拠なのですから。
もちろん記録を残したい人もいるでしょう。その場合は、スマホのメモに一行だけ放り込む形がおすすめです。見返さなくていいし、日付が飛んでいても構いません。ただ、紙のほうが手に馴染む人もいます。レシートの裏に走り書きして、財布へ突っ込む。あとで出てきたら、少しうれしくなります。つまり、あとから採点されない置き場をつくっておくわけです。
とはいえ、完璧を手放すのは最初こわいものです。同じこわさで足が止まってしまう人には、失敗するのが怖くて動けない…完璧じゃないと踏み出せない自分を変える方法も参考になります。
モヤ子の気づき|自分を褒めるのに、誰かの許可はいらない
話し終えたころ、コーヒーはすっかりぬるくなっていました。窓の外では、濡れた歩道に街灯がにじんでいます。
モヤ子「わたし、ずっと『褒めていい理由』を探してたんですね」
テキトー紳士「そうだねえ。理由が見つかるまで、褒めるのを待ってたわけだ」
モヤ子「待ってるあいだに、一日が終わっちゃってました」
テキトー紳士「もったいないだろう。許可なんて、はじめから誰も出してくれないのさ」
モヤ子「じゃあ、勝手に始めていいってことですか」
テキトー紳士「そうさ。むしろ、勝手に始めた人だけが続けられるんだよ」
いちばん刺さったのは、その一言でした。自分を褒めるのがつらかったのは、心が弱いからではなかったのです。ずっと外を向いていた評価のアンテナを、内側へ向け直そうとしていた。だから慣れなくて、きしんでいただけでした。
テキトー紳士の「テキトーでいい」も、最初は軽口に聞こえていました。しかし今日はちがって届きます。テキトーとは、いい加減ではなく、ちょうどいい加減のこと。モヤ子は伝票を持って立ち上がりながら、そう思いました。帰り道、傘を差すかどうか迷って、結局差さずに歩きました。それくらいの雑さで、ちょうどよかったのです。
まとめ|自分を褒めるのがつらい日も、テキトーで十分
自分を褒めるのがつらいのは、外の物差しで褒めどころを測ろうとするからです。だからこそ、借りものの物差しのほうを、順に手放していけばいいのです。
「でも」の手前で文を切る。結果ではなく気持ちを見る。反省とは時間を分ける。そして、決めごとを減らす。どれも、やる気を必要としない小さな手順です。
今日いきなり上手に褒められなくても構いません。というより、褒められない日があるのが普通です。それでも、思い出した日に一言つぶやく。その積み重ねだけで、毎日の見え方はゆっくり変わっていきます。
目指すのは、自分を好きになることではありません。「まあ、よくやってるよな」と思える日が、少し増えるだけで十分です。だから、できない日の自分まで採点しにいかなくて大丈夫ですよ。
テキトー紳士「褒めるのに、上手も下手もないさ。ま、半分はテキトーに言ってるけどね」
褒めどころが拾えるようになってくると、次に気になるのは「自分はどんなやり方が合う人なのか」のほうです。ただ、自分に向いた進め方となると、内側からは案外見えないものです。「ホシのカルテ」では、生年月日をもとに、あなたの得意なやり方を言葉にします。手放した外の物差しの代わりに、自分の側の目盛りを一本持っておく。褒める材料をもう一つ増やす、その程度の軽い使い方で構いません。
よくある質問FAQ
Q. 自分を褒めるのがつらいのは、自己肯定感が低いからでしょうか?
A. 低いからとは限りません。ただ、外の評価で自分を測るクセは、たいてい強くなっています。だから、まずは「でも」を足さない練習から始めてみてください。褒める筋肉は、使えば少しずつ動きます。友達に言う言葉を、そのまま自分に向けるだけで十分です。
Q. 毎日続かず、すぐ抜けてしまいます。それでも意味はありますか?
A. あります。毎日やらないほうが、かえって長く続きます。回数ではなく、思い出したときに一言つぶやけば十分です。空いた日を責めると、褒めること自体がつらくなってしまいます。三日ぶりでも、気づけたことが一回ぶんです。
Q. 人前で自分を褒めるのは、どうしても抵抗があります。
A. 声に出す必要はありません。頭のなかで一言うなずくだけでも、褒めはちゃんと届きます。だからこそ、誰にも見せない場所で完結させて大丈夫です。人に伝えるかどうかは、まったく別の判断だと考えてください。周りの目が気になる日ほど、内側だけで済ませる形が向いています。