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10月の異動の内示が出て不安が消えない。そんな相談が届きました。
金曜の夕方に呼び出されて、来月から別の部署へ、と告げられる。会社ではよくある光景です。しかし、告げられた側にとっては違います。足元が急に傾いたような感覚になります。
この記事でお伝えするのは、内示を受けてから着任するまでの数週間の使い方です。だから読み終えるころには、今日の帰り道から手をつけられることが見えているはずです。
先に断っておきます。新しい部署でうまくやれるか、という着任後の話は今回扱いません。そこは着任してから考えても、じゅうぶん間に合うからです。今日見るのは、内示の日から10月1日の朝までの時間だけです。
相談に乗るのはロジカル先輩。IT企業で働く、仕組みで物事を片づけるタイプの人です。ただし、慰めの言葉はあまり出てきません。そのかわり、不安の中身を一つずつ開いてくれます。
異動の内示は、たいてい唐突にやってきます。理由の説明も、ひとことで終わることが多い。つまり、こちらには判断の材料がほとんど渡されていないわけです。材料がないまま先を想像すれば、悪いほうへ転がります。眠れなくなるのは性格の問題ではなく、材料が足りないせいです。
ただ、内示から着任までには、たいてい二週間から三週間の空白があります。ここをどう使うかで、10月1日の朝の重さはずいぶん変わります。そこが今日の本題です。
相談タイム|10月の異動の内示が出た日の夜
モヤ子「先輩、ちょっとだけ聞いてもらっていいですか」
ロジカル先輩「いいよ。座って」
モヤ子「今日、課長に呼ばれて。10月1日付で営業推進に異動って言われました」
ロジカル先輩「内示か。何時ごろ?」
モヤ子「夕方の五時過ぎです。会議室に二人で入って、五分で終わりました」
ロジカル先輩「理由の説明は?」
モヤ子「『いい経験になると思う』って、それだけです。あとは『よろしく』で終わり」
ロジカル先輩「うん。で、その五分のあと、頭の中で何が起きた?」
モヤ子「なんで私なんだろう、って。何かやらかしたのかな、とか」
ロジカル先輩「そこから離れられない感じ?」
モヤ子「はい。帰りの電車でずっと考えてました。昨日も夜中に二回起きちゃって」
ロジカル先輩「それは疲れるな」
モヤ子「しかも、まだ誰にも言えないんです。正式な発令は月末だからって釘を刺されて」
ロジカル先輩「ああ、それはきつい。抱えるものだけが増える期間だ」
モヤ子「同期とお昼食べてても、ずっと上の空で。感じ悪かったと思います」
ロジカル先輩「その状態が一週間続くと、判断が雑になる。先に言っておくね」
モヤ子「もうなってる気がします」
ロジカル先輩「営業推進って、モヤ子から見てどんな部署?」
モヤ子「それが、名前しか知らないんです。フロアも違うし、知ってる人もいなくて」
ロジカル先輩「今の部署は何年目だっけ」
モヤ子「三年半です。やっと仕事が回せるようになってきたところで、これで」
ロジカル先輩「積み上げたものが、いったんゼロになる気がする」
モヤ子「そうなんです。また一年生からやり直しかって」
モヤ子「それに、今持ってる案件、まだ途中のが四つあって」
ロジカル先輩「引き継ぎのこと?」
モヤ子「はい。途中で投げ出していく形になるのが、いちばん嫌かもしれません」
ロジカル先輩「その感覚、覚えておいて。あとで効いてくるから」
モヤ子「効いてくる、ですか」
モヤ子「そもそも、十月に異動って多いんですか。四月じゃなくて」
ロジカル先輩「下期の切り替わりだからね。九月に内示、十月一日付。うちの会社だと毎年ある」
モヤ子「じゃあ、私が特別なわけじゃない……?」
ロジカル先輩「少なくとも、時期は特別じゃない」
ロジカル先輩「うん。先に、一個だけ確認させて」
モヤ子「はい」
ロジカル先輩「モヤ子、今のその不安、ひとかたまりで持ってない?」
モヤ子「ひとかたまり……?」
ロジカル先輩「『異動が不安』っていう大きい袋がひとつある状態。中を開けずに、袋ごと抱えて歩いてる」
モヤ子「……言われてみると、そうかもしれません」
ロジカル先輩「その袋、中身は別々のものが三種類くらい入ってるはずなんだ」
モヤ子「三種類」
ロジカル先輩「ひとつめ。まだ知らないだけで、調べれば今日じゅうにわかること」
モヤ子「席の場所とか、誰の下につくのか、とかですか」
ロジカル先輩「そう。あとは、今の仕事を誰が引き継ぐのかも入るね」
モヤ子「……あ、それ、聞いてないです。聞けばよかった」
ロジカル先輩「ほら。袋を開けないと、聞き忘れにも気づけない」
モヤ子「たしかに」
ロジカル先輩「ふたつめ。今の自分には、どうやっても動かせないこと」
モヤ子「なんで私が選ばれたのか、はたぶんそっちですね」
ロジカル先輩「人事の意図は、本人に聞いても本当のところは出てこないよ。建前が返ってくるだけ」
モヤ子「じゃあ、考えても無駄ってことですか」
ロジカル先輩「無駄とは言わない。ただ、今週やる作業じゃない。棚に置いておく」
モヤ子「棚に置く、か」
ロジカル先輩「みっつめ。着任してからじゃないと、判断のしようがないこと」
モヤ子「新しい部署の人と、うまくやれるかどうか」
ロジカル先輩「それは10月1日以降の宿題。九月の宿題じゃない」
モヤ子「……なんか、ちょっとだけ息がしやすくなりました」
ロジカル先輩「まだ何も解決してないけどね」
モヤ子「でも、全部が同じ重さじゃないってわかっただけで違います」
ロジカル先輩「じゃあ次。内示から着任まで、何日ある?」
モヤ子「今日が九月十二日だから……十八日、ですか」
ロジカル先輩「土日と祝日を抜くと、実働は十二日くらいだね」
モヤ子「うわ、そんなにないんですね」
ロジカル先輩「少ない。でもゼロじゃない。その十二日は、まだモヤ子の手の中にある」
モヤ子「私の手の中……」
ロジカル先輩「四つ渡すよ。全部やらなくていい。上から順に、できたところまででいい」
モヤ子「お願いします」
解決策|異動の内示による不安が軽くなる、着任までの4つの動き方
内示の不安を袋のまま持たない
ロジカル先輩が最初に渡したのは、紙とペンでした。ノートを見開きで開きます。そして、縦に線を二本引く。左の欄は「調べればわかること」。真ん中は「動かせないこと」。右は、着任してから決まることです。
ここに、頭の中にあるものを片っ端から書き出していきます。順番は気にしません。思いついた場所に置くだけです。
モヤ子が書いたものを並べると、こうなりました。左の欄には、席の場所、直属の上司が誰か、今の案件の後任、初日の集合時間、部署の人数、フロアの階数。真ん中には、なぜ自分が選ばれたのか、課長が何を思っているのか。右には、新しい上司と合うかどうか、三年後の自分がどうなっているか。
書き終えてみると、左の欄がいちばん長くなります。多くの場合そうなります。つまり、袋の中身の大半は「まだ聞いていないだけの情報」です。恐怖ではなく、未回収の質問が積み上がっている状態だと言えます。
ここまで来ると、次の行動が自然に決まります。左の欄は、明日の午前中に人事か上司に聞けば片づきます。その質問は、一度に全部聞いても五分で終わる分量です。
真ん中の欄は、線を引いて閉じます。閉じるというのは、忘れることではありません。今週の作業リストから外す、という意味です。異動の理由を推し量る作業は、材料がない以上、何時間かけても答えが出ません。答えの出ない作業に、時間を割かない。ロジカル先輩の言い方を借りれば、棚に置いておく。
右の欄も、いったん畳みます。着任してからしか判断できないことを九月に判断しようとすると、想像だけが膨らみます。夜中に目が覚める原因の多くも、この欄にあります。
それでも眠れない日が続くなら、自分の状態を数字で見ておくと落ち着きます。そこで使えるのが、厚生労働省のこころの耳「5分でできる職場のストレスセルフチェック」です。設問に答えるだけで、今の負担の度合いが返ってきます。気合いで測るより、こういうもので測ったほうが正確です。
ちなみに、この「分けてから動く」やり方は異動に限りません。仕事が詰まったときの考え方は締め切りに間に合わない原因は仕組みにあった記事でも触れています。そちらも合わせて読むと、輪郭がつかみやすくなります。
モヤ子「書き出すだけで、こんなに減るんですね」
ロジカル先輩「減ってはいないよ。並べ替えただけ。ただ、並べ替えると手がつけられる」
引き継ぎに使える日数を内示の日から数える
次にやるのは、カレンダーを開いて実働日を数えることです。内示の翌日から、9月30日まで。そして土日と祝日を消し、残った数字を丸で囲みます。モヤ子の場合は十二日でした。
ここで見落としがちなのが、その十二日間も通常業務は減らないという点です。会議はそのまま入っています。締め切りも動きません。だから引き継ぎに使えるのは、一日あたり三十分から一時間程度。合計しても、せいぜい十時間ほどです。
十時間で完璧な引き継ぎ書は作れません。だから、そこは最初に諦めます。諦めたうえで、何を残すかを決めるほうが早い。ロジカル先輩が挙げた順番はこうでした。
いちばん上は、動いている案件の一覧と、それぞれ次に何が起きるかです。誰が相手で、いつ何の返事が来て、こちらは何を返すのか。これがないと、後任は動き出せません。逆に、これさえあれば大半は回ります。
二番目は、定期作業のカレンダー。毎月十日の集計、四半期ごとの報告、年に一度の棚卸し。こうした頭の中だけにある繰り返し作業は、抜けるとあとで事故になります。
三番目は、誰に聞けば何がわかるかの一覧です。この件はあの人、その承認はこの課長。社内のどこに何があるかは、資料に書きにくい情報です。それでも、名前と用件を並べるだけで十分に役立ちます。
それと、作った資料は自分用の控えも残しておいてください。着任後に前の部署から問い合わせが来ることは、わりとよくあります。ただ、手元に控えがあれば五分で答えられます。なければ、記憶をたどる時間が新しい仕事を圧迫します。
後任がまだ決まっていない段階でも、この三つは書けます。相手が誰でも内容は変わらないからです。むしろ後任の発表を待っていると、九月が終わります。
そして、ここが今回いちばん伝えたいところなのですが、引き継ぎは相手のためだけの作業ではありません。途中で投げ出していく罪悪感は、異動の不安をじわじわ重くします。残せるものを残したという実感は、その重さを確実に軽くしてくれます。
短い時間で要点だけをまとめる書き方に自信がないなら、要点をつかむメモのコツをまとめた記事が使えます。つまり引き継ぎ資料も、やっていることは同じです。
モヤ子「完璧じゃなくていいって言われると、逆に進みますね」
ロジカル先輩「十時間しかない前提で作ったものは、十時間で終わるよ」
異動先の部署は、着任までにどこまで調べられるか
知らない場所が怖いのではありません。輪郭のないものが怖いのです。ロジカル先輩はそう言いました。だから九月のうちに、輪郭だけを描いておきます。
社内には、思っているより材料があります。まず組織図。ここで人数と体制がつかめます。業務分掌の資料なら、任されている仕事が一行で読み取れる。さらに共有フォルダをのぞけば、去年の資料がそのまま残っていることも多い。社内報のバックナンバーに、部署の紹介記事が載っている会社もあります。
そこから拾うものは、三つで足ります。
ひとつは、用語と略語のリストです。部署が変わると、同じ会社なのに言葉が通じなくなります。会議で飛び交う略語が半分わからない、という状態は初日の消耗を大きくします。ただ、二十個も拾っておけば最初の一週間はずいぶん楽になります。
もうひとつは、数字をひとつだけ覚えることです。月に何件さばく部署なのか、いくらの予算を持っているのか。数字がひとつ入ると、話の縮尺がつかめます。ただし、細かく覚える必要はありません。桁が合っていれば十分です。
最後は、関係する部署と取引先の名前です。誰と仕事をする場所なのかがわかると、自分がどこに置かれるのかも見えてきます。
調べる時間は、一日十五分で構いません。通勤前でも昼休みでもいい。むしろ、まとめて三時間取ろうとすると、たいてい取れないまま月末になります。
ただし、深追いはしないことです。着任前に把握できるのは輪郭までで、中身は入ってみないとわかりません。そこを九月に埋めようとすると、また袋が膨らみます。
覚えることが一気に増える時期の乗り切り方は、仕事の覚えが悪いときのコツをまとめた記事にあります。着任してからのほうが役に立つかもしれません。
モヤ子「ちょっとだけ、行き先が見えてきた気がします」
ロジカル先輩「まだ外枠だけだけどね。外枠さえあれば、人はとりあえず歩ける」
異動先の人にひとりだけ会っておく
着任初日のしんどさは、その日に何人と初対面するかでほぼ決まります。ただ、ひとりでも顔を知っている人がいると、その負荷はぐっと下がります。
その負荷を下げるために、九月のうちにひとりだけ会っておきます。ふたりでも三人でもなく、ひとりで構いません。
候補は三つあります。受け入れ側の窓口になっている人。過去にその部署にいた人。あるいは、同じ時期に異動を経験した同期です。正式な発令前で名前を出せない場合は、三つめが動きやすいでしょう。
会うといっても、時間を取ってもらう必要はありません。エレベーターで一緒になったときの立ち話で足ります。むしろ、かしこまって場を設けるほうがお互いに構えます。
聞くことは三つに絞ります。一日がどんな流れで進むのか。最初に任されるのはどんな仕事か。繁忙期はいつか。この三つがわかると、着任後の一か月が想像できます。
逆に、聞かないほうがいいこともあります。誰と誰の仲が悪いか、といった話です。着任前にその情報を入れると、まだ会っていない人に色がついてしまいます。人間関係の情報は、自分の目で見てからで遅くありません。
質問を切り出すのが苦手なら、聞き方そのものを整えておく手もあります。そんなときは質問下手を直す覚え方の記事が助けになるはずです。
それから、この時期は同期の動きが気になりやすくなります。あの子は残るのに自分だけ動かされる、という感覚は、内示の不安をさらに大きくします。そこで手前で止めておきたいときは、同期に差をつけられて焦るときの考え方が効きます。
もし、動悸や不眠が二週間以上続くようなら、社内の相談窓口に頼るのが早道です。労働者健康安全機構の産業保健総合支援センターという公的な窓口も、各都道府県にあります。だから、ひとりで抱える必要はありません。
モヤ子「ひとりだけなら、明日にでもできそうです」
ロジカル先輩「うん。初日に知り合いがゼロか一かで、朝の足取りが変わるよ」
まとめ|内示から着任までの数週間は、まだこちらの手にある
異動の内示を受けた直後の不安は、大きな袋のまま抱えるとどこまでも重くなります。しかし、中身を開けて並べ直すと、その多くは「まだ聞いていないこと」でした。聞けば片づくものと、今は動かせないもの。着任してからでないと決まらないもの。この三つに分けるところから、九月は始まります。
そのうえで、引き継ぎに使える実働日を数えます。十時間しかないと分かれば、残すものの優先順位は自然に決まります。動いている案件、定期作業、誰に聞けばいいかの一覧。この三つを置いていけば、後任は動けます。自分の側の罪悪感も、そのぶん少しだけ軽くなります。
異動先については、輪郭だけ描いておけば十分です。用語をいくつか、数字をひとつ、関係する部署の名前を少し。一日十五分でも、二週間あれば形になります。そして最後に、ひとりだけ会っておく。初日に知っている顔がひとつあるかどうかは、思っている以上に効きます。
それでも、10月1日の朝は緊張するでしょう。不安がゼロになることはありません。ただ、九月をこう使った人と、袋を抱えたまま月末を迎えた人とでは、同じ朝でも足の運びが変わります。
ロジカル先輩「モヤ子、異動って、実力を試されてるわけじゃないからね」
モヤ子「そうなんですか」
ロジカル先輩「配置は、その時の会社の都合で決まる。俺も三回動いてる」
モヤ子「三回も」
ロジカル先輩「一回目は泣いたよ。三回目はもう、荷物まとめるのが早くなってた」
モヤ子「慣れるものなんですね」
ロジカル先輩「慣れはしない。準備の手順を覚えるだけ。今回のがモヤ子の一回目だ」
よくある質問FAQ
異動の内示は断れるものなのでしょうか
断れるかどうかは、会社の就業規則と、結んでいる労働契約の内容によって変わります。勤務地や職種が契約で限定されている場合と、そうでない場合とで扱いが違うためです。その違いを知るために、まず自分の契約書と規則を確認してください。
そのうえで、介護や治療など動かせない事情があるなら、そこは早めに伝えたほうがいいでしょう。感情ではなく事情として話すと、会社側も検討しやすくなります。判断に迷うときは、記録が残る場所を選んでください。人事、社内の相談窓口、労働局の相談コーナーなどです。
内示のことは、家族や同僚にどこまで話していいですか
会社によって線引きが違うので、告げられたその場で確認しておくのが確実です。「家族には話していいですか」。「同じ課のメンバーにはいつ伝わりますか」。この二点を聞くだけで、九月の過ごし方はだいぶ楽になります。
一般には、正式な発令まで社内では伏せるよう求められます。一方で、家族への共有までは止められないことがほとんどです。ただし確認せずに話すと、あとで気まずくなります。ひとりで抱える期間が長いほど不安は溜まるので、誰に話していいかは早めにはっきりさせておきましょう。
着任までの不安で眠れない日が続いています
環境が変わる前の時期に睡眠が乱れるのは、めずらしいことではありません。とはいえ、二週間以上続くようなら、我慢の対象ではなく相談の対象になります。
寝る前に異動のことを考えるのをやめる、というのは実際には難しいものです。そこで、考える時間をあえて日中に移してみてください。通勤中や昼休みに、袋の中身を書き出す作業をする。夜に持ち越す量が減ると、眠りにも影響が出にくくなります。それでも改善しないときは、産業医やかかりつけの医師に早めに相談してください。