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仕事を辞めたいけど貯金がない。そんな相談を、先日読者さんからもらいました。
求人サイトを開いて、条件を絞り込んで、そっと閉じる。通帳の残高を見て、もう一度ため息をつく。その往復が半年ほど続いているそうです。
この記事で出したいのは、あなたの貯金額への点数ではありません。辞めるまでにいくら貯めればいいのか。その金額をあなた自身の数字で組み立てられるようにすることが目的です。だから、読み終わるころには、ぼんやりした不安が「あと何万」という差額に変わっているはずです。
材料は三つしかありません。毎月の生活費と、収入が止まる月数と、辞めたあとにまとめて届く請求。つまり、この三つを足すだけで目標額の輪郭は出てきます。
ところが、三つ目でつまずく人がとても多い。給料が止まったのに、住民税や社会保険料の請求は止まらないからです。しかも、天引きされて見えなくなっていたものが、ある日から自分あての納付書になって届きます。
ちなみに、ネットで見かける「退職前に必要な貯金額」は幅がとても大きい。三百万と書く記事もあれば、五十万で足りると書く記事もあります。たしかに、どちらも嘘ではありません。前提にしている家賃と月数が違うだけです。ただ、他人の家賃で出した答えは、あなたの残高には効きません。
そこで、この記事では計算式のほうを渡します。数字を当てはめる場所さえ分かれば、家賃が七万円の人も十二万円の人も、自分の目標額にたどり着けます。
今回モヤ子の話を聞いてくれるのは、駅裏の喫茶店にいるテキトー紳士。深刻な相談ほど、なぜか軽くしてしまう人です。スマホの電卓と、できれば通帳を手元に置いてから読み進めてください。
相談タイム|仕事を辞めたいけど貯金がないまま、半年も足踏みしている
平日の午後三時。駅裏の喫茶店の、いちばん奥の席。モヤ子はアイスコーヒーの氷を、さっきからストローで突いています。
モヤ子「あの、相談があって……。仕事を辞めたいんです。でも貯金がなくて」
テキトー紳士「ふうん。いくらあるの」
モヤ子「三十二万です」
テキトー紳士「あるじゃない」
モヤ子「ありませんよ。三十二万ですよ」
テキトー紳士「ぼくが君くらいのころは、財布に四千円だったけどね。まあ比べても仕方ない。で、いくらあったら辞められるの」
モヤ子「……いくら、ですか」
テキトー紳士「うん。目標額。いくら貯まったら辞めるの」
モヤ子「決めてないです。とにかく足りないなと思って、ずっと」
紳士はおしぼりで手を拭いて、それからようやくコーヒーに口をつけました。
テキトー紳士「じゃあ永遠に足りないよ。ゴールのないマラソンで、走った距離が足りるかどうか悩んでるようなものだから」
モヤ子「うっ。でも調べたんですよ。そしたら三百万必要って書いてある記事もあれば、五十万で足りるって記事もあって」
テキトー紳士「どっちも合ってるんじゃないかな。よその家の家賃で計算してあるだけで」
モヤ子「よその家の……」
テキトー紳士「三百万の人は家賃十五万くらいの暮らしをしてる。五十万の人はたぶん実家。君の残高に効く数字は、君の家賃からしか出てこないよ」
モヤ子「たしかに、そこは何も考えてなかったです」
紳士は伝票の裏に、ボールペンで短い式を書きました。生活費、かける、月数。そのうしろに、プラス、と書いて手を止めます。
テキトー紳士「ここに、辞めたあとで届く請求を足す。住民税と、健康保険と、年金」
モヤ子「え、それって給料から引かれてるやつじゃ」
テキトー紳士「引かれてたんだよ、今までは。会社が代わりに払ってくれてたぶんもある。辞めたら全部、君あての紙になって郵便受けに入ってくる」
モヤ子「聞いてないです、そんなの」
テキトー紳士「みんな聞いてないよ。辞めてから知る。だから辞めた三ヶ月目あたりで、想定より早く残高が減って焦る人が多い」
モヤ子の指が止まりました。そもそも、想像していた「無職の生活費」に、その項目は一行も入っていませんでした。
モヤ子「……ちょっと怖くなってきました」
テキトー紳士「怖いのは、金額を知らないからだよ。知らない額はいつまでも無限大でしょう。百万って分かれば、それはただの百万だ」
モヤ子「でも百万って出たら、それはそれで絶望しませんか」
テキトー紳士「するかもね。でも絶望は行動できるよ。無限大は行動できない」
モヤ子「……なんか、たまにいいこと言いますね」
テキトー紳士「たまにね。それに、出た額がそのまま壁になるとは限らない。生活費を下げれば必要な額も一緒に下がるし、辞める月をずらすだけで消える請求もある」
モヤ子「ずらすだけで、ですか」
テキトー紳士「そう。だから先に計算するんだ。値切る場所は、値段が出てからしか見えない」
紳士はそう言って、アイスコーヒーのおかわりを頼みました。一方、モヤ子はスマホの電卓を開いて、家賃の金額を打ち込みます。半年ぶんの足踏みが、ここでようやく一歩になりました。
解決策|貯金がないなりに、仕事を辞めたい人が目標額を組み立てる考え方
ここからは電卓を使います。紳士が伝票の裏に書いた式は、生活費に月数を掛けて、辞めたあとに届く請求を足すだけのものでした。順番に埋めていきます。
貯金がないと言う前に、ひと月の生活費を実額で出す
まず、貯金の残高は見なくて構いません。毎月いくら出ていくかを実額で出すところから始めます。
ここで記憶に頼ると、金額はかならず低く出ます。人は財布から出ていった小さな額を覚えていないからです。そこで使うのが、通帳の引き落としとクレジットカードの明細です。この二つを直近三ヶ月ぶんさかのぼって、紙に書き写してください。
書き写したら、二つの山に分けます。毎月かならず出ていくものと、その月にたまたま出たもの。たとえば家賃や通信費は前者で、友人の結婚式のご祝儀は後者です。
モヤ子の場合、前者の合計はこうなりました。家賃が七万二千円。水道光熱費が一万一千円。通信費が九千円。食費が三万五千円。日用品と雑費で八千円。交通費が六千円。保険が三千円。動画とマンガのサブスクで二千円。ぜんぶ足して、十四万六千円です。
手取りは二十万円。つまり、差は五万四千円あります。
モヤ子は「毎月ほとんど残らない」と思っていました。ところが、五万円台が本人の覚えていない支出に消えていたことになります。この差額は後半でもう一度出てきます。
それから、辞めたあとの増減も見ておきます。通勤の定期代は消えます。職場の近くで食べていたランチ代も消えます。一方で、日中ずっと家にいれば光熱費は上がりますし、応募のたびに証明写真代や交通費もかかります。
増える分と減る分は、だいたい相殺されて少し増える程度に落ち着きます。なので、いま出た十四万六千円をそのまま次の計算に使って構いません。細かく詰めるより、桁を外さないほうがずっと大事です。
この十四万六千円が、以後すべての計算に掛かってくる数字になります。しかも、掛け算の左側にいるぶん効き方が大きい。仮に固定費を見直して一万円下げられたら、必要な貯金額はその何倍も下がります。四ヶ月ぶんなら四万円、予備費まで含めれば五万円以上が一度に消える計算です。固定費の見直しで毎月の出費を減らす無理なく続く節約術で扱った項目は、辞める前の準備としてもそのまま流用できます。
ひとつだけ注意があります。この段階で節約の計画まで立てないでください。いま欲しいのは削ったあとの理想の数字ではなく、削る前の現実の数字です。理想から始めると、目標額そのものが甘くなります。
何ヶ月ぶん要るかは辞め方しだい
掛ける月数は、辞め方によって大きく変わります。ここを他人の記事の数字で埋めると、目標額は簡単に二倍にも半分にもなります。
次の職場が決まってから辞める場合、無収入の期間は思ったより短くなります。とはいえ、ゼロにはなりません。給与は末締めの翌月払いという会社が多く、入社してから最初の振込までひと月半ほど空くことがあるからです。二ヶ月ぶんを見ておけば、たいていの場合は足ります。
決めずに辞める場合は、読めない期間が入ってきます。書類を出して、返事を待って、面接が二回か三回あって、内定が出て、入社日を調整する。この一巡だけで一ヶ月は溶けます。また、応募が一社で決まることは少なく、三ヶ月から半年を見込む人が多い印象です。
迷うなら長いほうを取ってください。多く見積もって早く決まれば、余った分はそのまま次の生活の余裕になります。逆に、短く見積もって外すと、焦った状態で職場を選ぶことになります。
多くの人がここで頼りにするのが、雇用保険の失業給付です。ただ、これを月数の代わりに使うのはおすすめしません。理由は二つあります。
まず、手続きをしてすぐ振り込まれるお金ではありません。離職票を持ってハローワークで手続きをしたあと、七日間の待期があります。自己都合で辞めた場合は、さらに給付制限の期間が置かれます。制度の詳しい条件はハローワークインターネットサービスの基本手当についてに載っていますが、制限期間や必要な加入期間は改定されることがあります。二〇二六年時点の扱いは、必ず自分で最新の情報を確認してください。
もうひとつ、給付額は給料と同じではありません。離職前の賃金をもとに計算され、上限も設けられています。手取りがそのまま続くわけではないので、生活費の全額を給付で置き換える前提は危ういです。
つまり給付は、無収入期間をゼロにする道具ではなく、後半を支えるクッションだと考えたほうが安全です。最初の二ヶ月ぶんは自分の貯金で持たせる、くらいの見方をしておくと計算が崩れません。
そもそも辞めるかどうかがまだ揺れているなら、月数の前にそこを決める必要があります。向いていない仕事を続けている気がする…辞めるべきか続けるべきか判断するコツのほうを先に読んでみてください。判断が決まらないうちは、目標額を出しても手が動きません。
モヤ子は次を決めずに辞めたい派だったので、四ヶ月で置きました。十四万六千円に四を掛けて、五十八万四千円。これが生活費の部分です。
仕事を辞めた月も、住民税と社会保険料の請求は追いかけてくる
三つ目の材料が、いちばん抜けやすい部分です。給料が止まっても止まらない支払いが、退職の直後にまとめて顔を出します。
まずは住民税です。この税金は前の年の所得に対してかかります。つまり、働いていた年の収入をもとに、収入のない年に払うことになります。この時間差が、退職者を殴りにくる正体です。
会社員のあいだは、毎月の給与から天引きされていました。ところが、辞めるとその仕組みから外れて、自分で納める形に切り替わります。市区町村から納付書が届き、年に四回ほどの分割で払うことになります。しかも、辞める時期によっては、残りの月ぶんが最後の給与からまとめて引かれることもあります。最後の給与が思ったより少ない、という声はここから出ています。
健康保険もそのひとつです。選択肢はおおむね三つあります。前の会社の健康保険を続ける任意継続、住んでいる自治体の国民健康保険、収入の条件を満たすなら家族の扶養に入る道です。ただし、保険料は前年の所得や住んでいる自治体で変わるため、どれが安いかは人によって逆転します。加入していた健康保険組合と市区町村の窓口の両方で試算してもらうのが確実です。
年金の手続きも残っています。会社を辞めると厚生年金から外れ、国民年金の第一号被保険者に切り替える必要があります。保険料は所得に関係なく定額で、二〇二六年時点では月に一万七千円台が目安になります。ただし、金額は年度ごとに見直されるので、日本年金機構の国民年金のページで最新の額を確かめてください。
収入がなくて払えないときのために、免除や納付猶予を申請する仕組みも用意されています。しかし、未納のまま放置するのと、申請して認められるのとでは、あとで受け取る年金額の扱いが変わります。払えないと思った時点で窓口に相談するほうが、傷は浅く済みます。
モヤ子の四ヶ月ぶんを、この三つで積んでみます。住民税は退職後に残る分がおよそ九万円。国民健康保険料が月に二万円として四ヶ月で八万円。国民年金が月に一万七千円ほどなので四ヶ月で六万八千円。合計はおよそ二十四万円になりました。
生活費の五十八万四千円に、この二十四万円を足します。八十二万四千円。ただ、まだ終わりではありません。
さらに予備費を乗せます。無職の四ヶ月で、歯が痛くなることも、冷蔵庫が壊れることも、友人が結婚することもあります。予定に入っていない出費は、予定どおり起きます。そこで、生活費のひと月ぶん、モヤ子なら約十五万円を上乗せしておきます。
五十八万四千円と、二十四万円と、十五万円。足すと九十七万四千円です。切り上げて、モヤ子の目標額は約百万円と出ました。なお、ここまでの数字はすべて目安で、家賃や自治体が変われば答えも動きます。だから、式のほうを覚えて、自分の数字を入れ直してください。
目標額に届かないまま仕事を辞めたいとき
モヤ子の手元は三十二万円で、出た額は約百万円でした。差は六十八万円。月に五万円ずつ貯めても十四ヶ月かかります。
しかし、この数字を見て「やっぱり無理だ」と閉じてしまうと、半年前と同じ場所に戻ります。せっかく式が手元にあるので、どこを触れば差が縮むかを見ていきます。
まず効くのは生活費です。掛け算の左側にいるので、少し下げるだけで全体が動きます。家賃を除く固定費を月に一万円削れたら、四ヶ月ぶんで四万円、予備費と合わせて五万円が目標額から消えます。貯まる速度も月一万円上がるので、届くまでの期間は二方向から縮みます。
一方、効き方の大きいもうひとつが月数です。在職中に転職活動を進めて、次を決めてから辞める形に変えると、四ヶ月が二ヶ月になります。生活費も社会保険料も半分になり、目標額はおよそ六十万円台まで落ちます。差は三十万円弱、月五万円なら半年です。つまり、同じ「辞めたい」でも、辞め方を変えるだけで景色が変わります。
あるいは、辞める日そのものをずらす手もあります。賞与の支給日を待ってから伝えるか、住民税の切り替わりを見て月を選ぶか。数ヶ月の後ろ倒しで、手元に残る額が十万円単位で変わることもあります。伝えるタイミングで詰まりやすい人は、退職を切り出せない…気まずくならない辞め方の伝え方を先に読んでおくと段取りが立てやすくなります。
それから、辞めるか続けるかの二択で考えないことです。部署の異動を希望する、勤務時間を短くしてもらう、休職の制度を調べる。会社との関係を全部切らずに距離だけ取る道は、思っているより残っています。全部を一度に降ろす必要はありません。
また、貯めること自体が続かない人もいます。焦りが先に立って手が止まるタイプなら、金額より先に止まっている理由のほうを見たほうが早いことがあります。将来が不安で貯金しなきゃ焦るのに動けない…一歩の踏み出し方で書いた話は、退職資金にもそのまま当てはまります。
ひとつだけ、やめておいたほうがいい方法があります。借りて埋めることです。カードローンで足りない分を作って辞めると、無収入の期間に返済という新しい固定費が乗ります。生活費を下げるどころか上げてしまうので、計算の前提そのものが壊れます。
逆に、心身が先に限界に来ているなら、計算を待つ必要はありません。お金は貯め直せますが、壊れた体は同じようには戻りません。目標額はあくまで、まだ動ける人が段取りを組むための道具です。この線引きだけは、数字に決めさせないでください。
まとめ|金額が出れば、仕事を辞めたいの続きが決められる
仕事を辞めたいけど貯金がない、という言い方には主語がありません。何に対して足りないのかが決まっていないからです。しかし、生活費と月数と請求、この三つを埋めた瞬間に、足りないという感想は「あと六十八万円」という事実に変わります。
だから、事実になれば手の打ちようが出てきます。左側の生活費を削るのか、月数を短くするのか、辞める日を数ヶ月ずらすのか。どれを選んでも、通帳を見てため息をつく時間よりは前に進みます。
数字が動かないときは、式のどこかがまだ埋まっていないだけです。健康保険の見積もりを取っていないとか、月数を決めきれていないとか。そのため、埋まっていない場所は、たいてい調べるのが面倒だった場所と一致します。
モヤ子は喫茶店を出るとき、スマホのメモに「百万円、来年の春」と打ち込んでいました。
テキトー紳士「まあ、そんなに気負うことでもないよ。百万は大金だけど、正体の分かってる大金だからね。分からないうちに悩んでたときより、ずいぶん軽いでしょう」
モヤ子「軽くはないですけど。……前より、持てる気はします」
テキトー紳士「それで十分。じゃあぼくはもう一杯飲むから、君は先に帰りなさい」
むしろ、目標額は辞めるための許可証ではありません。辞めたあとの自分に、静かな数ヶ月を渡すための準備です。今日のところは、通帳を開いて家賃の金額を書き写すところまでで構いません。
よくある質問FAQ
仕事を辞めたいけど貯金がないという相談で、くり返し届く質問にテキトー紳士が答えます。
次の仕事が決まっていれば、貯金がないまま辞めても大丈夫ですか
空白の期間は短くなります。それでも、ゼロにはなりません。給与は末締めの翌月払いが多く、入社から最初の振込までひと月半ほど空くことがあります。しかも、住民税や健康保険料の請求は、次が決まっていても同じように届きます。生活費のふた月ぶんに、退職後の請求の見込み額を足したところが最低ラインだと考えてください。転職先の初任給日は、内定の段階で聞いておくと計算が正確になります。
失業給付をあてにして、貯金は少なめでも足りますか
あてにしすぎると計画が崩れます。まず、手続きをしてから七日間の待期があり、自己都合の場合はさらに給付制限の期間が置かれるためです。金額も離職前の賃金をもとに計算されるので、手取りがそのまま続くわけではありません。そのため、最初のふた月ぶんは自分の貯金で持たせる前提で組んでおくと安全です。給付制限の長さや必要な加入期間は改定されることがあり、二〇二六年時点の扱いはハローワークの窓口で確かめてください。
貯めている途中で気持ちが限界になったら、どうすればいいですか
目標額はあくまで目安なので、無理に到達させる必要はありません。異動の希望を出す、勤務時間を減らす、休職の制度を調べるといった、全部を辞めない距離の取り方もあります。その場合、計算より先に離れる判断のほうが正しいこともあります。そもそも、貯める作業自体が続かないという人は、貯金できない原因はここにあった!テキトー紳士の教えのほうを先に読んでみてください。