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退職が決まったのに、有給消化を言い出せない。そんな相談が届きました。送ってくれたのは、メーカーで事務職を五年続けてきた読者さんです。
退職日は来月末で確定しています。上司も人事も了承済みで、書類も出しました。残っている有給は十八日。ところが、休みたいという一言が二週間出てきません。
理由ははっきりしていました。そもそも後任がまだ決まっていません。引き継ぎの相手は隣の席の先輩で、その先輩も自分の案件を抱えています。そこへ十八日休みますと言う自分を想像すると、口が動かなくなる。
権利であることは、本人も知っています。検索すれば労働基準法の条文はすぐ出てきますし、実際に読んだそうです。ただ、条文を読んでも一言目は出てきませんでした。
今回は、権利かどうかの話をしません。そこはもう終わっているからです。扱うのは、退職日までの日数をどう並べ替えるか。引き継ぎのどこを先に片づけるか。誰にどの順番で持っていくか。そうすると、言い出す文のほうは自然に決まります。読み終わるころには、明日の朝いちばんにやることがはっきりします。順番は、ロジカル先輩と一緒に組んでいきます。
相談タイム
有給が十八日残ったまま、最終出社日が近づく
金曜の夜、私は会社の近くのカフェでロジカル先輩を待っていました。約束は八時。先輩はいつも五分前に来ます。
モヤ子「先輩、聞いてください。私、来月末で辞めるんです。もう決まってて、書類も出しました」
ロジカル先輩「おめでとう。で、その顔は何」
モヤ子「有給が十八日残ってて。休ませてくださいって、言えないんですよ」
ロジカル先輩「言えない、というのは。断られるのが怖い?」
モヤ子「いえ、たぶん断られはしないです。うちの会社、そこまでひどくないので」
ロジカル先輩「じゃあ何が止めてるんだろう」
モヤ子「……迷惑をかけるのが、わかってるからです」
言いながら、自分でも情けなくなりました。権利だと知っています。それでも、隣の席の先輩の顔が浮かんでしまうのです。
ロジカル先輩「なるほどね。迷惑をかけるのがわかっている、か。それ、けっこう正確な言い方だと思うよ」
モヤ子「正確、ですか。慰めてくれなくていいです」
ロジカル先輩「慰めてない。事実の確認をしてる。君が抜けたあと、誰かの仕事は増える。それは本当だよね」
モヤ子「増えます。確実に」
ロジカル先輩「うん。じゃあ質問。君が有給を十八日使った場合と、一日も使わなかった場合で、その増える量は変わる?」
すぐには答えられませんでした。変わる気がします。しかし、どこが変わるのかを説明しろと言われると、言葉が出てきません。
モヤ子「……変わらない、んですか」
ロジカル先輩「引き継ぎが終わっていれば変わらない。終わっていなければ変わる。つまり効いているのは休みの日数じゃなくて、引き継ぎが終わっているかどうかなんだ」
モヤ子「あ」
ロジカル先輩「今の反応、いい反応だったね」
モヤ子「でも先輩、十八日も抜けたら、その間の仕事は誰かが持つわけで」
ロジカル先輩「持つね。じゃあ聞くけど、その誰かが持つ期間って、君が辞めたあとは何日続くの」
モヤ子「……ずっと、ですね。後任が来るまで」
ロジカル先輩「そう。十八日は、そのずっとの一部でしかない。君が気にしてる十八日と、会社が本当に埋めなきゃいけない穴は、大きさが全然ちがうんだよ」
そこにあったのは、日数の問題ではありませんでした。つまり私はずっと、十八日という数字のほうに謝ろうとしていたのです。
迷惑をかけるという言葉に、二つの中身がある
モヤ子「でも先輩、引き継ぎが終わるかどうかなんて、やってみないとわからなくないですか」
ロジカル先輩「わからないままにしてるから、言い出せないんだと思うよ。順番を逆にしてみようか」
モヤ子「逆、というと」
ロジカル先輩「まず、迷惑をかけるという言葉を二つに割る。ひとつは業務が回らなくなること。もうひとつは、人間関係が気まずくなること」
モヤ子「……たしかに、混ざってました」
ロジカル先輩「混ざってると、どっちも解けないんだ。業務のほうは資料と日程で解ける。気まずさのほうは、そもそも君ひとりでは解けない」
混ぜていたことに、言われるまで気づきませんでした。私が怖がっていたのは、たぶん後者です。しかし、口に出すときは前者の言葉を使っていました。後任がいないのは事実です。もっとも、それは説明であって本音ではなかったのです。
モヤ子「じゃあ、気まずさのほうはどうすれば」
ロジカル先輩「放っておく、というのが半分。もう半分は、業務のほうを先に片づけると気まずさも小さくなる、という話」
モヤ子「小さくなりますか?」
ロジカル先輩「なるよ。人が気まずくなるのは、相手の予定が読めないときだから。十八日休みますとだけ言われたら、残る側は不安になる。ここまで引き継いで、この日から休みますと言われたら、それは連絡だ」
ここで先輩はスマホを出して、カレンダーを開きました。私の退職日を聞いて、そのまま画面に入れていきます。ちなみに先輩は、こういうとき必ず日付の見えるものを出します。
ロジカル先輩「退職日は動かせないんだよね」
モヤ子「はい。もう合意しちゃったので」
ロジカル先輩「うん、それでいい。動かせないものが一つあると、逆算しやすくなる」
動かせないことが助けになる、という発想が私にはありませんでした。むしろ困りごとの側に置いていたからです。
有給消化を言い出す前に、決まっていないこと
ロジカル先輩「ところで、有給って何日残ってるって言ったっけ」
モヤ子「十八日です」
ロジカル先輩「それ、どこで見た数字?」
モヤ子「……たぶん、去年の給与明細に書いてあったような」
ロジカル先輩「たぶん、で交渉に行くのはやめておこう」
笑いながら言われましたが、耳が痛い指摘でした。十八日という数字を、私は一度も確認していません。たしかに、たぶんで持っていける話ではありませんでした。それなのに、その数字に怯えていたわけです。
ロジカル先輩「有給には繰り越しがある。前の年の分が残っていることもあるし、今年の付与日を過ぎていれば増えている。逆に、思っていたより少ないこともあるけどね」
モヤ子「少ないほうが怖いです」
ロジカル先輩「怖いけど、少ないなら早く知るほうがいい。日数が確定しないと、日程も組めないから」
言い出せない理由を、もうひとつ見つけた気がしました。私は自分の持ち札を数えていなかったのです。数えていない札は、出しようがありません。
モヤ子「先輩、それって勇気の問題じゃないってことですか」
ロジカル先輩「勇気で押し切る方法もあるよ。ただ、押し切ったあとの一ヶ月がきつい。君はたぶん、そっちのほうが嫌なんじゃない」
モヤ子「……嫌です。辞めたあとも、たまに連絡を取りたい人がいるので」
ロジカル先輩「じゃあ、押し切らないやり方を組もう。順番を整えるだけで、たいてい足りるから」
モヤ子「順番だけで、変わりますか」
ロジカル先輩「変わるよ。同じことを言っても、先に何を渡してあるかで受け取られ方が変わる。仕事の依頼とおなじだね」
ロジカル先輩「整理するね。今の君に足りないのは勇気じゃない。残日数と、引き継ぎの完了日と、休みを置く場所。この三つが空欄なだけ」
モヤ子「三つとも空欄です」
ロジカル先輩「じゃあ埋めていこう。埋まったら、言い出す文は自然に決まるよ」
解決策
残っている有給の日数を、自分の目で確かめる
最初にやることは、交渉ではありません。まず数えることです。
確認先は三つあります。勤怠システムの残日数表示、直近の給与明細、そして就業規則。勤怠システムの数字がいちばん新しいはずですが、会社によっては月末にしか更新されません。また、明細の欄が前年分のままになっていることもあります。
それでも見つからないときは、人事に聞いてしまうのが早いです。有給の残日数を教えてくださいという問い合わせなら、退職の話と切り離して出せます。休みたいと言う手前の段階なので、身構えずに済みます。
ここで、制度の側も一度だけ確認しておきます。年次有給休暇は、雇入れの日から六か月間続けて働いた人に与えられます。加えて、全労働日の八割以上の出勤という条件があります。日数は十労働日から始まります。勤続年数が延びると加算され、上限は二十日です。使わなかった分は、二年間残ります(厚生労働省「確かめよう労働条件」年次有給休暇/2026年時点)。
つまり、去年使い切れなかった日数が今年に乗っている可能性があります。十八日だと思っていたら二十日だった、という話は珍しくありません。
法律の定めより多く付与している会社もあります。その場合は就業規則にそう書かれていて、そちらが優先されます。ただ、上乗せ分の扱いは会社ごとに違うので、気になる点は人事に確認してください。
数字が出たら、紙かメモアプリに書いてください。頭の中に置かない。ロジカル先輩の言い方を借りるなら、数えていない札は出しようがないからです。
数えるだけで気持ちが動くこともあります。実際、十八日という漠然とした重さが、二十日という確定した情報に変わる。重さは同じでも、扱えるものになります。
最終出社日と退職日を、別の日として並べる
退職日と最終出社日は、同じ日ではありません。ここが混ざっていると、有給を置く場所が消えます。
退職日は、会社との合意で決まった日。最終出社日は、あなたが最後に出社する日です。二つの間にある期間が、有給消化にあてられる場所になります。
だから、退職日を動かせないなら最終出社日を前へ倒します。退職日が来月末で有給が二十日あるなら、最終出社日はその二十営業日ほど手前という計算です。
注意したいのが、日数の数え方です。有給は労働日で数えます。そのため、土日祝を挟むぶんカレンダー上ではもっと長い期間になる。二十日の有給が、ひと月近い空白になることもあります。
置き方は、大きく三通りです。
ひとつ目は、最終出社日のあとにまとめて取る形。いちばん多い形で、引き継ぎが一度で終わる利点があります。ただし、途中で質問が来ると休みの日に電話を受けることになります。
ふたつ目は、飛び石で取る形。週に一日か二日ずつ休みながら出社を続けます。引き継ぎの相手が忙しくて時間を取れないなら、この形のほうが現実的です。
三つ目は、半分ずつに分ける形。前半は飛び石で休みながら引き継ぎ、後半でまとめて休みます。迷ったら、これを土台にすると決めやすくなります。
どれを選ぶかは、後任が決まっているかどうかで変わります。後任がいるならまとめ取りで問題ありません。逆に、いないなら飛び石か半分ずつのほうが説明しやすくなります。
どの形を選んでも、休んでいる間の連絡だけは先に決めておいてください。電話に出るのか、メールだけにするのか、急ぎの案件だけ受けるのか。決めずに休むと、結局ずっと画面を気にすることになります。そうすると、日数だけ消えて休んだ実感は残りません。
ひとつだけ、外せない条件があります。退職日を過ぎた有給は使えません。厚生労働省の解説にも、退職日をもって年次有給休暇の権利は消滅すると書かれています。だから、余らせたまま最終日を迎えると、その分は戻ってこないのです。
カレンダーを開いて、実際に日付を置いてみてください。頭の中で組むより、置いたほうが速く終わります。
引き継ぎの一覧が、有給消化の相談を事務連絡に変える
ここからが本題です。言い出せない気持ちを動かすのは、覚悟ではなく紙一枚でした。
残る人が不安になるのは、あなたの休みそのものではありません。抜けたあとに何が起きるかが見えないことです。見えないから引き止めたくなるし、こちらも申し訳なくなる。一方で、見えていれば話は数分で終わります。
そこで、引き継ぎの一覧を先に作ります。休みの相談より前に、です。
書く項目は多くありません。担当している業務の名前。それぞれの頻度と締切。関わっている社内外の相手と連絡先。判断が必要になる案件と、その判断基準。使っているファイルの置き場所。この五つで足ります。
凝った資料はいりません。表計算ソフトで一行ずつ埋めれば十分です。むしろ、見た目を整える時間は引き継ぎ本体に回してください。
一覧ができたら、そこに日付を入れます。どの業務を、いつまでに、誰へ渡すか。この日付が入った瞬間、引き継ぎ完了日が決まります。
完了日が決まると、有給を置く場所も決まります。完了日の翌日から休みに入る、という一本の線が引けるからです。
引き継ぎの相手が忙しくて時間を取れない、という壁にはよくぶつかります。その場合は、一覧を先に渡してしまってください。読んでもらうだけなら、相手の都合のいい時間で済みます。加えて、質問が出たところだけ口頭で埋める。全部を対面でやろうとするから、日程がいつまでも決まらないのです。
そのうえで上司のところへ行きます。持っていくのは休みの相談ではなく、引き継ぎの計画です。この日程で引き継ぎます、完了後はこの日から有給消化に入ります。一枚あれば、それで伝わります。
言い方が変わるのではありません。持ち物が変わると、話の性質のほうが変わるのです。お願いだったものが、連絡になります。
段取りを組むこと自体が苦手なら、仕事の段取りが下手で毎日残業…要領よく進めるコツをロジカル先輩に聞いたもあわせてどうぞ。仕事を分解して並べる考え方は、引き継ぎにもそのまま使えます。
上司に話を通す場面そのものが苦手なら、報連相が苦手で怒られる…上司への伝え方が上手くなるコツが下地になります。
有給消化の申請を、口頭で終わらせない
計画ができたら、申請します。大事なのは、記録の残る形にすることです。
口頭で了解をもらっただけだと、あとから話が食い違ったときに戻る場所がありません。勤怠システムに申請を入れる。所定の用紙があれば出す。どちらもなければ、上司にメールで送っておく。それで十分です。
順番は、直属の上司が先です。そのあとで人事へ。逆にすると上司の立場が悪くなり、話が長引きます。
渋られる可能性もあるので、そこも先に整理しておきます。
会社には時季変更権というものがあります。請求された時季に休まれると事業の正常な運営を妨げる場合に、別の時季へ変更できるという定めです。ただし、妨げる場合にあたる例も示されています。年末など業務が特に忙しい時季を指定したときや、同じ時期に希望が重なって全員には与えにくいときです。
退職の場面には、もうひとつ論点があります。厚生労働省の解説は、この点にも触れています。退職日をもって年次有給休暇の権利は消滅するため、使用者は時季変更権を行使しえない。そういう趣旨の記述です。そのため、変更する先の日がそもそも残っていないことになります。
知っておくと少し気が楽になる決まりも、ひとつあります。年に十日以上の有給が与えられる人については、そのうち五日を会社が取らせる義務があります。二〇一九年四月から始まった仕組みです。つまり、休ませることは会社にとっても業務のうちなのです。
とはいえ、個別の事情によって判断は変わります。ここで断定はできません。就業規則を読み、それでも折り合わないときは外に相談してください。
相談先はあります。全国の労働基準監督署などに置かれている総合労働相談コーナーは、予約不要・無料で使えます。労働問題全般が対象なので、まだもめていない段階の確認だけでも受け付けてもらえます。
行く前に、日付のメモを作っておくと話が早いです。いつ、誰に、何を伝えたか。この一覧があると、相談員も状況をつかみやすくなります。
買い取りについて聞かれることもありますが、ここも断定を避けます。退職時に残った日数の扱いは、会社の制度によって分かれるためです。あるいは、退職金や慶弔の規程のほうに書かれている会社もあります。就業規則を確認し、見あたらなければ人事に聞いてください。
休むことへの罪悪感がどうしても消えないなら、生理で仕事を休む罪悪感が消えた…つらい日に自分を許す考え方が参考になります。休む理由は違っても、後ろめたさの正体はよく似ています。
退職の意思そのものをまだ伝えていない段階なら、順番が一つ手前です。そのときは退職を切り出せない…気まずくならない辞め方の伝え方から読んでください。
まとめ
退職の有給消化を言い出せないとき、足りていないのは勇気ではありません。数字と日付です。
残日数を確かめる。最終出社日と退職日を分けて並べる。引き継ぎの一覧に完了日を入れる。この三つが埋まれば、申請は事務連絡になります。しかも、埋めるのに勇気はいりません。
十八日という数字に謝る必要はありませんでした。たしかに、業務には穴が空きます。ただ、その穴は資料と日程で埋められる。謝る相手がいるとすれば、休む日数ではなく穴のほうです。
ロジカル先輩なら、たぶんこう言います。空欄を埋めれば、言い出す文は自然に決まる、と。
残った休みは、これまで働いた分の記録でもあります。使い切って辞めることは、誰かへの当てつけではありません。
よくある質問FAQ
後任が決まっていないのに、有給消化を申請していいですか
申請して問題ありません。後任を用意するのは会社の仕事だからです。もっとも、そう言い切るだけでは話が進まないことも多いので、順番のほうを変えます。
先に引き継ぎの一覧を作り、後任が決まっていない前提での渡し先を書いておいてください。暫定でこの人に、正式な後任が来たらこの資料を見てもらう。二段構えにしておくと、相手も受け取りやすくなります。
そのうえで日程を出せば、休みの申請ではなく計画の共有になります。実際、後任が決まらないまま最終出社日を迎える職場は少なくありません。決まるのを待つほど、有給を置く場所が減っていきます。
上司に有給消化を断られたら、どうすればいいですか
まず、断られた理由を聞いてください。時期の問題なのか、引き継ぎの不足なのか、それとも慣習の話なのか。理由によって打つ手が変わります。
時期の問題なら、日程をずらす提案ができます。引き継ぎが理由なら、完了日を前に出す相談になる。慣習だけが理由の場合は、就業規則にそう書かれているかどうかを確認してみてください。
それでも折り合わないときは、ひとりで抱えないでください。総合労働相談コーナーは無料で、予約もいりません。話を聞いてもらうだけでも、次の一手が見えてきます。さらに、やりとりの日付をメモにしておくと相談の時間も短く済みます。
退職日までに使い切れなかった有給は、買い取ってもらえますか
会社によって扱いが分かれるため、ここで断定はできません。就業規則に定めがあれば、それに従います。書かれていなければ、人事に確認するのが確実です。
期待して残すのは、あまりおすすめしません。買い取りは、使い切れなかった場合の例外的な扱いとして語られることが多いからです。あてにして日程を組むと、結果として損をすることがあります。
だから、まずは使い切る前提で日程を引いてください。そのうえで、どうしても余る分が出たときに相談すればいい。順番を逆にしないことが、いちばんの備えになります。